世界人類が平和でありますように |
第4章 「消えてゆく姿」の教え 6 真理の目玉降りて来い 生命の実相 私が「生命の実相」谷口雅春著・日本教文社、に感動し全巻を一気に読み終えた時の心の高揚感は今でも覚えています。 「そうなんだ!人間は神の子なんだ、肉体はないんだ、病気もないんだ!・・・」 いかにも「悟った」ような感覚に陥りました。しかし、その感覚は高揚感だけで、本当に悟ったわけではありませんでした。いくら自分は神の子だ!と宣言しても、神の子でない自分が次から次へと出てきました。 鈍感な人は、汚れている自分に気がつかないか、ごまかして、自分は神だと思い込もうとしているだけで、その言動は次第に偽善になったり高慢になったりして、真理から遠のいていきます。「我は神なり」と宣言しただけで悟れるのなら、こんなに簡単なことはありません。しかし、現実は、過去世からの因縁が消えたわけではなく、不幸も苦しみも病気も出てきます。 「ないものはないのだ」と、本当に言い切れる人が果たしてどれだけいるのでしょうか? 「実相論」は、理想であり、カンフル剤にはなっても、真に神の姿を現すには難しいことを知るべきです。 真理の目玉よ降りて来い 五井先生は、ご著者「責めてはいけません」白光真宏会出版局、の中で、このように書かれています。 ・・・「真理の目玉よ降りて来い」という詩がありましてね、あれと同じで、理想的に「人間の肉体はないんだ、病気はないんだ、不幸はないんだ、実相は完全円満なんだ、みな神の子なんだ」それだけでは、やっぱり大衆には手が届かない。真理の目玉が降りて来ない。高い所にいるものだから掴みようがない。肉体無しというところまで悟りがゆく、病気は無しというところまで悟りがゆく、貧乏無しというところまで悟りがゆく、すべて空なんだ、というところまで悟りがゆく、その梯子がない。いっぺんに飛び上がらなきゃならないけれど、飛び上がれない。飛び上がっちゃ落ち、飛び上がって、ついにはくたびれてしまう。かえって宗教をやらない前よりも、心が疲れてしまう、委縮した人間になってしまう。・・・ まさに、五井先生がおっしゃっている通りです。五井先生は、生長の家の講師を経験され、この理想と現実のギャップをいかに繋ぐかを考えられ、その方法として、誰もが簡単にできる祈りの道を創始されたわけです。 シンプル イズ ベスト 長年、絵を描いてきた人間として言えることは、芸術は、いかに表現を単純にするかにあります。複雑な形を一本の線で表す墨絵の世界はそれであり、実に味わい深いものです。雪が降った朝見る風景は実に美しく、それは雪が余計なもの覆い隠し単純化した結果です。 宗教も、毎日瞑想をしてヨガのポーズを取ったり、禅を組んだり、長い経文を唱えるのもいいでしょうが、社会生活を送りながら、それを続けてゆくことは、よほど覚悟ができた意志の強い人でないと長続きはしないでしょう。 五井先生は、そのような聖人君主に教えを説かれたのではなく、私達凡夫が悟る道を示されました。それは、方法が簡単で老若男女誰もが行じることできるということです。そして、なおかつ行き着くところは最高の真理です。まさに、それは芸術で例えるところの水墨画の世界と同じです。 「世界人類が平和でありますように」 ただひたすら、祈り続けることは、実にシンプルで美しい行為です。 「シンプル イズ ベスト」、単純でありながら、目指すは最高の世界です。
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